コーチングとカウンセリングの関係

代表的なカウンセリングアプローチに、パーソンセンタード・アプローチ(別名「非指示的カウンセリング」「来談者中心療法」)があります。このアプローチは、人間性中心心理学のカール・ロジャーズによって提唱されました。
ロジャーズは、行動主義心理学による専門的な助言を行う介入を指示的アプローチとして批判しており、クライエントを本人の主観にもとづいて理解する姿勢を重視しました。
同じ人間性中心学派には、人間の欲求階層(欲求5段階説)で有名なアブラハム・マズローが存在し、この2人の心理学者はコーチングを生み出した人物たちに多くの影響を与えたことから、人間性中心心理学は「コーチングの祖先」と呼ばれています(1)。
また、コーチングがつくられるにあたり、マズローはアイディアは提供したものの、理論家としての立ち位置が強かったため、具体的なアプローチなどは伝えていなかったという指摘があります(2)。
アプローチについては、パーソンセンタード・アプローチが参考にされ、今日のコーチングスキルとしてよく紹介される「傾聴」「反映」などに影響が見受けられます。こうした点を強調したコーチングアプローチは「パーソンセンタード・コーチング(人間中心的コーチング)」と呼ばれています。
このことからもいえるように、コーチングとパーソンセンタード・アプローチは、理論的差異がないと指摘されています(3)。そして、どちらも共通して自己決定をサポートする点や、助言をしないなど、アプローチの類似もみられます。
現在さまざまなコーチングが世に出ていますが、ほとんどのコーチ養成機関のコーチングの定義に共通して、コーチングは個人の成長や発達を促すもの、という文脈で一致していることがわかります(4)。 パーソンセンタード・アプローチは、クライエントの「成長傾向(growth tendency)」ないし「自己実現への衝動(a drive for self-actualization)」と呼ばれる自然と前へ進もうとする性質が発揮されやすい心理的雰囲気を関係性によってつくることで(5)、クライエントが自由な探求を行いやすくなり、自己受容を経ながら、自分らしいパーソナリティの発達とそれにともなう行動変容が生じることを目標としているため(6)、方向性としても重なる部分が伺えます。
◼️コーチングへの批判
コーチング実践を本質的に支える学術的理論が、本来は存在しているといわれています(7)。しかしながら、こうした理論がほとんどのコーチングモデルでは明確にされていないことが指摘されています(8)。
そのため、背景となっている学術的理論を教わらないままコーチングの提供がなされていることが問題視されています(9)。このことは、日本ではコーチングがコミュニケーション技術であると紹介されたり、目標設定が強調されている点に見受けられ、理論と一致しない点で複数の批判がなされています(10)(11)(12)。
ここまでを踏まえ、コーチングがさらなる発展を遂げて多くの方に有益なコーチングセッションが提供されるためにも、理論を学ぶことによって、アプローチに意義を吹き込むことが、コーチにとって重要になってくるでしょう。
【参考文献】
(1)O'Conner, J., & Lages, A.,2007,How coaching works.London: A & C Black.杉井要一郎(訳),2012,コーチングのすべて,英治出版,p42
(2)西垣悦代,堀正,原口佳典(編),2015,コーチング心理学概論, ナカニシヤ出版,p13-14
(3)Palmer, S. & Whybrow, A. (Eds.) ,2008,Handbook of Coaching Psychology,Psychology Press.堀正(監修・監訳),自己心理学研究会(翻訳),2011,コーチング心理学ハンドブック,金子書房,p258-259
(4)西垣悦代,堀正,原口佳典(編),2015,コーチング心理学概論,ナカニシヤ出版,p4-5
(5)Rogers.C,1966,伊藤博(編訳)1967,ロージァズ全集15クライエント中心療法の最近の発展,岩崎学術出版社,p46
(6)Rogers,C.伊東博(編訳)1966,ロージァズ全集4,サイコセラピィの過程,岩崎学術出版社,p73
(7)Hall.L. M. and M. Duval,2004,MetaCoaching: Volume1.Coaching Change For Higher Levels of Success and Transformation,Neuro-Semantics Publications.佐藤志緒(訳),2010,メタ・コ チング,株式会社ヴォイス,p10
(8)Palmer, S. & Whybrow, A. (Eds.),2008,Handbook of Coaching Psychology,Psychology Press.堀正(監修・監訳),自己心理学研究会(翻訳),2011,コーチング心理学ハンドブック,金子書房,p69
(9)Cavanagh,M.J.and Grant,A.M.(2006)Coaching psychology and the scientist-practitioner model .In D.A.Lane and S.Corrie (eds) The Modern Scientist-Practitioner:A guide to practice in psychology.London:Routledge.
(10)西垣悦代,堀正,原口佳典(編),2015,コーチング心理学概論, ナカニシヤ出版,p5-6
(11)堀正,2011,コーチング心理学の展望,支援対話研究0号
(12)Palmer, S. & Whybrow, A.,(Eds.) ,2008,Handbook of Coaching Psychology,Psychology Press.堀正(監修・監訳),自己心理学研究会(翻訳),2011,コーチング心理学ハンドブック,金子書房,p10